TRAFFIC & BUSINESS   WINTER 2003 No. 70
財団法人道路新産業開発機構発行 『季刊・道路新産業』

インターネットロード21
−ネットワーク時代の今を追う− 第9回

穏やかな技術(カーム・テクノロジー)に向けて

「ユビキタス」で明けた2003年


ビル・ゲイツの「ユビキタス宣言」

米国マイクロソフト社(本社、ワシントン州レドモンド)のビル・ゲイツ会長は現代の錬金術師かもしれない。誰が考えてみてもつながりそうもない異質なシステムを無理矢理つないでしまい、世間が気がついてみたら、これまでのところ、ゲイツの夢はほとんど実現してきている。2003年初頭、そのゲイツ会長が動いた。

彼の2003年のメッセージは「消えるコンピュータ(The Disappearing Computer)」という衝撃的なものであった。

2010年には我々はコンピュータに囲まれているだろうか?このようにまずゲイツは問いかける。答えはもちろん「そのとおり」なのだが、われわれはそのことに気づくことはないだろう、と言う。

コンピュータが組み込まれた製品群をひとりひとりの生活の中に意識せずに取り込んでいくようになれば、コンピュータそのものは徐々に生活の編み目の中に「消えて」しまうであろう。今でも、携帯電話、自動車はもちろん、ほとんどの家庭電化製品の中に既にコンピュータは組み込まれている。

2003年のゲイツのメッセージは、次に来るであろう時代への彼の危機意識の表現であり、新たな「ユビキタス・コンピューティング」ビジネスへのマイクロソフト社の参入宣言であることは言うまでもない。ユビキタスはラテン語のユビキティ(ubiquity、同時に至るところにある、遍在すると言う意味)に由来する言葉である。

しかし、ユビキタス・コンピューティングの本来の考え方は、ビル・ゲイツのこれまでのコンピュータについての考えとはかなり異質なものである。

ユビキタス・コンピューティングの父


写真1
「ユビキタス・コンピューティングの父」と呼ばれるマーク・ワイザー(ゼロックス社のパロアルト研究センターのワイザー追悼サイトより)

「ユビキタス・コンピューティングの父」と呼ばれているマーク・ワイザーは1952年米国シカゴの生まれ、モバイル・コンピューティングの研究者として著名で、三つの企業を起こした起業家でもある(写真1)。しかし、1999年に急病で他界した。当時、ゼロックス社(本社、米国コネチカット州)のパロアルト研究センターの技術担当役員を務めていた。

1988年、ワイザーは「ユビキタス・コンピューティング」という概念を提唱し、パーソナル・コンピュータが消滅し、日常世界の事物の中に組み込まれた多数の見えないコンピュータが我々の生活を助ける時代の到来を予言した。

ワイザーによると、コンピュータ時代は大きく三つの時期に分けられる。第一期は、多くの人々が一台のコンピュータを共有するメインフレームの時代、第二期が一人が一台のコンピュータを占有するパーソナル・コンピュータの時代、そして第三期が環境に埋め込まれた多数の、あるいは無数のコンピュータが一人の人間を「共有」するユビキタス・コンピュータの時代である。

今日のインターネットは広域の分散コンピューティングの時代であり、第二期のパーソナルから第三期のユビキタスへの移行期と位置づけられる。

ワイザーは、人間がほんとうに重要である問題に集中できるようにしてくれる「穏やかな技術(Calm Technology)」が、第三期のユビキタス・コンピューティングの時代に実現すると考える。

「穏やかな技術」とは

パソコンを使っていて、画面が急に動かなくなったり、その先の操作がわからなくなってストレスを感じたことはないだろうか。これはまさに穏やか(Calm)ではないのである。ワイザーは、穏やかな技術(Calm Technology)を、書き慣れたペン、履き心地のよい靴、あるいは朝配達される新聞にたとえている。

彼は、穏やかな技術を説明するために、周辺(periphecy)と中心(center)という概念を使う。「周辺」とは特別に注意を払わなくてもわれわれが抵抗なく慣れ親しんでいるものである。ペンで文字を書いているとき、われわれは言葉に注意を集中し、このときインクは「周辺」に位置しているにすぎない。しかし、ペンの調子が悪いときは、インクそのものが注意の「中心」に来てしまう。

穏やかな技術の特徴は、技術を利用しているとき、われわれの注意力が「周辺」と「中心」の間を自在に移動できることにある。ストレスがたまらないのである。

写真2
穏やかな技術の代表例はオフィスと廊下を仕切るガラス窓(ワイザーによる"到来する穏やかな技術時代"より)

ワイザーは、穏やかな技術の代表例として、オフィスの部屋と廊下を隔てるガラス窓をあげている(写真2)。

この窓は室内の人と「周辺」にいる人をきわめて自然につないでくれるのである。人が通りかかったり、昼食時の廊下のにぎわいは静かで快適な仕事場をみだすことなく「周辺」を形成しているのである。

使いやすくなってきつつあるとはいえ、コンピュータを始めとする情報技術の現状は「穏やか」とはほど遠い。ユビキタスへの道はまさにこれからである。


日本発ユビキタスへの期待

インターネットの発端は、冷戦時のソ連の核攻撃に備えた米国の国防総省の研究開発に始まっていることはよく知られている。今日、ユビキタス・コンピューティングの実用化においても米国国防総省のDARPA(高等研究計画局)は精力的に推進している。

DARPAの技術開発プログラム担当部署は、情報処理技術部、微小システムズ技術部、戦略技術部、など8部からなり、各部は多数の開発プロジェクトに取り組んでおり、その多くがユビキタス・コンピューティングに関連している。

たとえば微小システムズ技術部の30以上のプログラムの中から、「分散ロボット工学」を見てみよう。イラストを見ると、いかにもクモの形をした巨大ロボットが襲いかかってきそうだが。実際はその逆である。多数の自立型の微小ロボットが敵情の探索、そして攻撃のために互いに協調して働く。ここで使われる中心技術が自ら「考える」インテリジェント・チップである。こうしたインテリジェント・チップこそユビキタス・コンピューティングには欠かせないものなのである。

ヨーロッパ連合は米国からは距離をおいてより生活に根ざした「消えるコンピュータ」計画を進めている。日本でも取り組みは進む。ワイザーに先立つこと4年、1984年に坂村健のトロン(TRON)プロジェクトが「どこでもコンピュータ」(意味はユビキタスと同義)を目標に出発している。一方では、日本の産業が得意とする「情報家電」分野などと連携しながら次世代インターネット規格である「IPv6」への取り組みも世界に先駆けて進められている。

超大国米国における取り組みとはひと味違うまさに「穏やかな技術」の開発が日本で進むことを期待したい。

関 連 情 報
[このページ先頭にもどる]

インターネットロード21ホームページへ戻ります

2003 若林一平 制作
ご感想などありましたらどうぞ ippei@wakabayashi.comまで